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東京地方裁判所 昭和46年(レ)224号 判決 1973年5月14日

控訴人 佐々木梅香

右訴訟代理人弁護士 高沢正治

被控訴人 相沢四郎

右訴訟代理人弁護士 吉森喜三郎

同 金田賢三

主文

一原判決を取り消す。

二、被控訴人から控訴人に対する東京地方裁判所昭和四〇年(レ)第四七八号建物工作物収去等請求控訴事件の判決に基づく強制執行を許さない。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四、本件について当裁判所が昭和四六年九月二日にした強制執行停止決定(同年(モ)第一二三六八号)を認可する。

五、この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨の判決

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

(以下の判示については、別紙目録記載のとおり、同目録第一の一ないし五の各土地をそれぞれ甲・乙・丙・丁・戊地、同目録第二の一ないし三の各土地をそれぞれ通路(一)、(二)、(三)と略称することとする。)

1  控訴人・被控訴人間には、東京地方裁判所昭和四〇年(レ)第四七八号建物工作物収去等請求控訴事件について、確定判決があり、右判決(以下「前訴判決」という。)は甲地が袋地であることを理由として、「控訴人は被控訴人に対し、乙地内別紙図面表示イ、ロ、ハ、ニの各点を順次結んだ赤線部分の板塀を収去せよ。控訴人は、通路(一)について、公路から甲地に至る被控訴人の通行の妨害となる建物、工作物の設置その他一切の行為をしてはならない。」旨命じている。

2  しかしながら、甲地は袋地ではなくなった。すなわち、被控訴人が右判決の基礎となった口頭弁論終結後である昭和四二年四月一〇日訴外井坂伸祐から丙および丁の各土地を譲り受けたことにより、甲地は被控訴人の所有となった丙・丁の各土地を経て公路に通ずることになった。

よって、右債務は消滅したので、控訴人は右債務名義の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1項の事実は認める。

2  第2項のうち、甲地が袋地でなくなったとの点は否認し、その余の事実は認める。

三  被控訴人の主張

丙および丁の各土地が被控訴人の所有となっても、次のとおり右各土地は通行できないのであるから、甲地は、依然として袋地である。

1  丁地上には、訴外井坂伸祐所有当時から木造二階建アパート一棟(以下「本件アパート」という。ただし、本件板塀に面する側にある突出幅約三〇センチメートルの木製手摺を突出幅約二〇センチメートルの鉄製手摺に取り替えた。)が存在し、右土地に甲地から公路に通ずる通路も設けるためには右アパートの全部または一部を取り毀さなければならず、そのためには居住者の立退と多額の費用を要する。

2  本件アパートの廊下を通り抜けると、甲地から(丙地を経て)公路に出られるが、右廊下は、同アパートの一階内部に作られているため、当初からアパート居住者の通路としてのみ利用され、居住者以外の者が通路として使用することはとうていできない。

3  本件アパートには現に多数の賃借人が居住し、かつ同アパートは銀行の担保に供されているので、直ちにこれを取り毀して空地にすることは極めて困難である。

四  被控訴人の主張に対する控訴人の反論

1  ある一筆の土地が筆を異にする他の土地に囲繞されて公路に通じていなくても、その所有者が公路に達しうる隣接地を所有する場合には、そのものは当然に自己所有地を利用して通路を開設するのが法の期待するところというべく、被控訴人の主張は権利濫用である。

2  通路(二)は、前記のとおり被控訴人の所有となり、別紙図面表示の手摺(出窓)も木製手摺(幅約三〇センチメートル)から鉄製手摺(幅約一〇センチメートル)に取り替えられ、取付ボルトを外すことにより容易に撤去することもでき、被控訴人としては他人からの恩恵を得ずして右通路(二)を通行することができるから、控訴人所有の通路(三)を合わせると、通路は前訴判決が必要と判示する一五〇センチメートルに近い一四三センチメートルとなる。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因第2項について判断する。

被控訴人が、前訴判決の基礎となった口頭弁論終結後(≪証拠省略≫によれば、右口頭弁論終結の日が昭和四二年二月二七日であることが認められる。)である昭和四二年四月一〇日訴外井坂伸祐から丙および丁の各土地を譲り受けたこと、被控訴人所有の甲地が、右丙および丁の各土地を通って公路に通ずることになったこと、は当事者間に争いがない。

右事実によれば、甲地は、同一所有者に属する他の丙・丁地を通って公路に出られるのであるから、甲地は袋地ではない。

しかし、袋地でないとしても、原審判決は、公路に接する土地と、公路に接しない土地との地形その他の事情によって、その所有地のみを通行して公路に至ることが不能または著しく困難であるとか、あるいは通路幅が狭いため、他人所有の隣接地の一部を含めて通路とするのが客観的に妥当であるような場合は、右公路に接しない土地を準袋地とし、所有者は右他人所有の隣接地に対し通行権を有するものと解するのが相当であり、本件の場合、甲地は右にいう準袋地にあたるから、囲繞地通行権を認めるべきである旨判示し、被控訴人もいくつかの論拠をあげ囲繞地通行権がある旨主張するので、この点について判断する。

三1  ≪証拠省略≫によれば、被控訴人所有丙および丁の各土地と控訴人所有乙地との境界線が別紙図面表示ホ、チの各点を結ぶ直線であること、本件アパートの境界線に面した壁から境界線までの距離が六〇センチメートルであること、がそれぞれ認められる。

2  当審における検証の結果によれば、控訴人所有通路(三)の幅員が九〇センチメートルであること、被控訴人所有となった通路(二)の幅員が六〇センチメートルであること、本件アパートの通路(二)に面した窓に取り付けてある鉄製手摺が窓より一二センチメートル突出していること、がそれぞれ認められる。

3  ≪証拠省略≫によれば、控訴人が被控訴人に対し通路(三)の通行を許容していることが認められる。

4  ≪証拠省略≫によれば、甲地は、二階建建物が二棟あり、被控訴人家族の住宅および学生のアパートとして利用されていること、甲地のアパートに居住する十数人の学生が通路(二)・(三)を利用して公路に至り、本件アパート内の東側通路(井坂伸祐所有当時からあったが)は利用していなかったこと、右学生らの引越荷物等の運搬について、通路(二)・(三)を利用する上に別段の支障がなかったこと、通路(二)・(三)について消防署の方からなんらの警告もなかったこと、がそれぞれ認められる。

以上のとおりであって、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、被控訴人は、甲地から公路に至るために幅員一五〇センチメートルの通路(二)・(三)を利用することができるものと認められる。

この場合、一階出窓の手摺の部分一二センチメートルが突出していて通行の障害になるが、これは被控訴人所有アパートのものであり、被控訴人が本件アパート居住者と内部的に解決すべく、また解決しうる問題であって、通路の有効幅員を減ずる要素として考慮すべきものではない。

被控訴人は本件通路が狭すぎるため甲地まで車を乗り入れることができず、公路から本件通路に至る途中で車を駐車せざるを得ない旨供述するが、車の出入りのために右の一五〇センチメートルより広い幅員で通行権を認めることは、民法上囲繞地通行権の認められる趣旨に合するものとはいえず、まして被控訴人は本件アパートを所有し、しかも本件アパートの公路に面した一階の二室を他に賃貸せず商売のため利用している(当審における被控訴人本人尋問の結果により認められる。)のであるから、本件アパートの所有者としてその一部を駐車場に改造することも可能であり、仮に商売上二室を必要としても空室が出れば居住者との調整により商売上の場所的利益を害さずに済むことを合わせ考えると、自動車保有上の被控訴人の不便をもって本件通路の拡張を主張することは隣接地所有者に過度の受忍を強いることに帰し、妥当でない。

また被控訴人は、本件アパートを担保に供していることをも理由としているが、前記認定のとおり、甲地の利用状況から考えて、幅員一五〇センチメートルの通路(二)・(三)でも甲地から公路に至る通行には差支えがなく、通行のためだけを考えれば、本件アパートの一部たりとも取り毀す必要性もない上、≪証拠省略≫によれば、本件アパートに抵当権が設定されたのは、本件アパートが被控訴人所有となって以後被控訴人によってであることが認められるから、右の理由によって被控訴人側に囲繞地通行権を認めることは、公平な土地利用関係の調整という制度の趣旨にも反することになろう。

元来、民法第二一〇条の囲繞地通行権は、相隣接する土地相互間の利用の調整を目的とし、相隣関係にある所有権共存の一態様として規定された公益性の強いものであって、囲繞地の所有者らに最少限の犠牲を強いることによって貸地利用の確保をはかる制度である。本件では、甲地の利用状況から考えて、甲地から公路に至るために幅員一五〇センチメートルの通路(二)・(三)を利用するについて、通路幅が狭いため通行が不能または著しく困難であると認められる事情もないのであるから、甲地をいわゆる準袋地と認定することによって囲繞地通行権を容認することは、前示法条の趣旨に照らし、相当でないというべきである。

四  ≪証拠省略≫によれば、前訴判決では、被控訴人の囲繞地通行権が認められ、その内容として、甲地の利用状況から被控訴人の囲繞地通行権としては、幅員一五〇センチメートルの通路が必要とされたところ、被控訴人の(当時井坂伸祐所有の)通路(二)の通行はあくまで恩恵的に許されたものであるため、通路(二)は通行権の認められる幅員としては加算されず、従って通路(三)に通路(一)を加えて幅員が一五〇センチメートルになるように板塀の収去等が命じられたことが認められるが、前記認定のとおり、前訴判決ではその通行が恩恵的なものとされた通路(二)(前記認定のとおり幅員六〇センチメートル)が被控訴人の所有に帰したことにより、被控訴人は控訴人に対し幅員九〇センチメートルの通路開設しか請求できないと解するのが相当である。

そうすると、控訴人は被控訴人に対し、前記認定のとおり、すでに通路(三)(前記認定のとおり幅員九〇センチメートル)の利用を許容しているのであるから、前訴判決で命じた板塀の収去の必要はなくなったばかりか、その他の債務も消滅したことになり、その余の点を判断するまでもなく控訴人の本件債務名義(前訴判決)に対する異議は理由がある。

五  結論

よって、控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容しこれを棄却した原判決は不当としてその取消しを免かれず、原判決の取消しについて民事訴訟法第三八六条、訴訟費用の負担について同法第九六条、第八九条、強制執行停止決定の認可ならびに仮執行の宣言について同法第五四七条、第五四八条第一、二項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 佐藤学 裁判官奥平守男は転官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 倉田卓次)

<以下省略>

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